KANAJI Yoshikazu

2大会ぶりの「金」目指す

トルコでの悔しい思い

 「いままでと同じ泳ぎでは難しい戦いになる。ただ、自分の体をもっと知り、鍛えることができればまだまだタイムは伸ばせる」。厳しいトレーニングを続ける毎日だが、表情は至って明るい。2022年にブラジルで予定されている聴覚障害者の国際大会「デフリンピック」に照準を合わせ、緻密なメニューをこなしている。
 13年、大学2年で初挑戦したデフリンピック(ブルガリア)の競泳男子50メートル背泳ぎで、当時の世界記録を0秒22上回る27秒68で金メダルをつかんだ。100メートルと200メートルでも2位に入り、3種目で表彰台に立った。
 4年後の17年、トルコであった大会では7個のメダルを獲得したものの、金メダルには届かなかった。いまでも「正直、悔しかった」と振り返るだけに、「ブラジルで金を」という思いはますます高まっている。

自分の体を、もっと知る

 歩き回る前からプールに親しみ、早くから頭角を現した。県高校総体では50、100、200メートル背泳ぎを制し、紛れもない佐賀県トップスイマーの一人となった。11年8月の第3回世界ろう者水泳選手権大会(ポルトガル)で、100と200メートル背泳ぎで優勝。ついに世界のトップに立った。唐津商高から大阪体育大学に進み、インターカレッジなどでも活躍した。
 デフリンピックではブルガリア、トルコと活躍し、ブラジルでのリベンジを期して再スタートを切った矢先、腰に違和感を覚えた。それは徐々に悪化し、ついには満足に泳ぐことができなくなった。それまでは「とにかく早く」と、がむしゃらに泳いでいた。ただ年齢を重ね、いままで通りのトレーニングでは簡単にタイムも伸びなくなっていた。
 考え抜いた結果、自分の体を改めて見直すことからはじめた。まずは痛みを取ることに専念。理学療法士のアドバイスを受けながら、リハビリにも取り組んだ。昔から休むことには罪悪感があったが、堂々と休むようになった。「回復も大切なトレーニングのひとつ。全力で競技できる体が必要」と気づいた。メンタル面の安定にも気をつけ、ドライブやキャンプでリフレッシュするようになった。いま、心身共にいい準備ができていると感じている。
 ただ、トレーニングはかなりハードだ。これまであまり使ってこなかった筋肉を意識し、動かすことは大変な疲労を伴う。ただ、これまで得意とする動き、筋肉を使うだけだったときと比べ、筋肉同士が相互に補完することで筋持久力が高まり、体全体のバランスが向上した。全身を連動させたバサロキックの動きや、水をつかむ感覚は「明らかに良くなっている」。

ブラジルで「金」を、そして次世代に

 コロナ禍で様々な大会が中止となり、「金」を目指す22年のデフリンピックも開催が確定されてはいない。アメリカやドイツ、オーストラリアなど世界にはライバルがひしめいている。決してメダルが約束されているわけではない。
それでも、泳ぎ続ける。「プロである以上、結果を出し続けることが必要」と常に意識し、健常者も出場する国体や全日本選手権などでの上位進出を狙う。「自分が活躍することで、障害者の価値も高まる」と、次世代への希望となることを目指す。これまで地域やスポンサーなど様々なサポートを受けてきた。支援に対する感謝の心は以前よりもずっと増している。当分は現役選手であり続けるが、「いつかは自分の経験を子どもたちに伝え、よりよい水泳ができるようにサポートしたい」と語った。

金持 義和 選手

競技:水泳・デフ

かなじ よしかず

1994年生まれ。唐津市出身。生後8カ月からプールに入り、県総体で優勝するなど早くから頭角を現す。唐津商高から大阪体育大に進学。インカレなどで活躍し、2013年のデフリンピック(ブルガリア)で世界新の金メダルを獲得。17年のトルコでも銀4個、銅3個を獲得した。21年のブラジル大会の出場も内定しており、2大会ぶりの金メダル獲得を目指す。メルカリ所属。