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KONDO Mitsuki

GS2勝の活躍、目標は五輪で金

 国際柔道連盟(IJF)が主催するワールドツアーの中で、世界のトップ選手が世界ランキングポイントと栄冠をかけて熱戦を繰り広げる「グランドスラム(GS)」。2025年2月のパリ大会と、7月のウランバートル大会の女子48キロ級で頂点に立ったのが近藤美月選手(東海大)だ。ウランバートル大会では兄の近藤隼斗選手(パーク24)も男子60キロ級で準優勝に輝き、兄妹でメダルを獲得。世界最高峰の舞台での活躍に「自信がついた。技でも対応できているし、パワー負けもしていない」と胸を張る。

闘病乗り越え、インターハイ2連覇

 兄の影響もあり、地元の警察署の道場で柔道を始めたのは6歳の時。小さい頃から小柄な体格で、体重別の階級が細かく分かれていない小学校時代は、4年生ごろからなかなか勝てない時期が続いたものの「やめたいと思ったことは1度もない」という。「柔道が好き」という気持ちはまったく変わらず、有田中3年時には全国中学校柔道大会48キロ級で5位入賞するなど徐々に実力を伸ばしていった。

 高校は佐賀商業高に進学。兄が通った佐賀工業高と迷ったが、女子の練習相手の多さを考え、佐賀商高に決めたという。中3以降の階級は48キロ級で変わっておらず、高1の全国高校選手権で準優勝。高2のインターハイでは個人Vを果たしたが、その後は病気で入院することになった。約3カ月の療養生活で体力が落ち、体も細くなり「一からやり直しだった」。本調子ではなかった3月の全国高校選手権では3位。夏に向けて「もう一度日本一になりたい」とがむしゃらに練習した。3年のインターハイは「良くないなりにギリギリで勝ち上がった」。決勝を延長戦で制し、栄冠を勝ち取った時は「嬉しかったし、ホッとした。あんな気持ちは初めてだった」と振り返る。

世界の舞台で五輪メダリストと対戦

 小さい頃からの夢である「五輪で勝つ」ことを目指し、東海大学に進学。高校までと比べて練習時間は短いが、実戦中心の濃い練習で鍛えられた。ウエイトトレーニングやランニングトレーニングにも積極的に取り組んでおり、持久力や瞬発力が上がったほか、メンタル面も強くなったという。また自身の身体や生活面に関する自己管理意識も高まった。

 結果も付いてきた。1年生秋の講道館杯では初めてシニアの大会で優勝。「代表に選ばれて上を目指すには必ず勝たないといけない大会だったので嬉しかった」と話す。2年時のグランドスラム・パリでは、初めて主要な国際大会を制した。準決勝と決勝ではパリ五輪のメダリストと対戦。世界のトップレベルで活躍する選手の力を感じた一方、「組手は対応できているし、パワー負けもしていない」と自信も深めた。

 直近の目標は2026年3月にオーストリアで開催されるグランプリ大会に定めており、「優勝して次につなげられるように頑張りたい」と意気込む。最終的な目標は五輪だが「先を見すぎず、一つ一つ目の前の試合に集中して結果を出せば、おのずと五輪に近づく」。五輪での目標を聞くと「金」と力強く宣言した。

アスリート情報

近藤 美月選手
(こんどう みつき)
競技: 柔道
2004年11月13日生まれ、武雄市出身。武雄警察署少年柔道教室で柔道を始め、中学は地元を離れ、兄と同じ有田中に進学した。佐賀商高ではインターハイ個人2連覇のほか、全国高校選手権で団体優勝などの成績を残し、東海大進学後は講道館杯優勝、グランプリ・リンツ優勝、GS・パリ優勝、GS・ウランバートル優勝など数々の実績を築いている。2005年は成績を残した半面、怪我も多く、全日本体重別と講道館杯は欠場した。得意技は背負い投げ。
近藤 美月
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