なぎなたに“全力投球”
気迫のこもったかけ声と共に、長柄を振り下ろす。狙う先は相手のメン。鋭い音が鳴り響くと、審判の旗が一斉に上がった。強豪・南陽(京都)と迎えた全国総体決勝。佐賀東高校の山本羽凰選手が中堅で2本を奪うと、これが決勝点となりチームは16年ぶりの優勝を果たした。「決勝トーナメントからはどの試合も100%を出せた」と山本選手。目標に掲げた全国制覇を成し遂げ、「忘れられない思い出になった」と振り返る。
佐賀東高校へ、恩師との出会い
なぎなたとの出会いは中学2年生の頃。体育の選択授業ではじめて競技を知った。全長約2メートルのなぎなたを自由自在に操る姿に「なにこれ!」と驚いた。小・中学校と陸上一筋だった分、最初は「礼儀作法とか厳しいなと思った」。それでも、思いきり声を出せるのが楽しくて、友人と競いながら授業を楽しんだ。
転機となったのは中学3年生の冬。佐賀東高でなぎなた部の顧問を務めていた先生に声をかけられた。「なぎなた選抜でうちに来ないか」。幼い頃から続けていた陸上では芽が出ず、高校は部活に入らないつもりだった。だからこそ、「自分を見つけてもらえたんだ」とうれしさが募り、入部を決めた。
忘れられない出来事がある。入部してすぐの春、左足の甲を疲労骨折した。練習にもあまり参加できず、次第に「楽しくない、辞めたい」と思った。このとき、師と仰ぐ先生が細やかにかけてくれた「もっと声出せるよ」という言葉に救われた。何をしてもうまくいかないと思っていたけれど、「今できる全力を出してみたら、変われるんだ」と学んだ。それからは、〝とにかく挑戦する〟〝やってみよう精神を持つ〟をモットーに、なぎなたに打ち込んだ。
メンを武器に、頂点へ
前日の練習で見返したいことがあった時、消化できない悔しさが募った時、朝早くに登校して、ひとり練習に励んだ。2年時の総体には、骨折した足の親指をテーピングで固定して出場。痛みを押して優勝を目指したが、団体も個人も上位には入れず、くすぶる日々が続いた。
それでも「今できる全力を」と鍛錬を続けた2年生の冬、ずっと練習してきた踏み込みメンが決まり出した。「一振りで試合をものにするメンを、ずっと武器にしたかった」と山本選手。翌年の県新人戦では得意手で強気に圧倒する今のスタイルを築き、個人戦優勝を果たした。
大学では恩師の背を追い、先生の道を志す。「生徒ひとりひとりをきちんとみてあげられる先生になりたい」。なぎなたを次世代へつなぐ架け橋として、これからも全力投球していくつもりだ。