IWASHITA Yuta

次の1本を止める

このチームで上位陣を倒すことに意味がある

 2020東京オリンピックの経験を糧に、幾度となくチームのピンチを救ってきた守護神は、さらなる進化を遂げるべく、チームにも高い要求を突き付ける。オリンピックイヤーとなった日本ハンドボールリーグ2021―2022シーズン。チームは上位4チームで争うプレーオフ進出を逃し5位に終わった。リーグ戦の7割を消化した時点で4位につけ、上位常連の強豪・大崎電気に白星を飾ることもあったが「4位に入るかどうかで一喜一憂するのではなく、首位を争うところにいないと意味がない。現状をもっと深刻に捉えないといけない」。
 熊本県出身。ハンドボールが盛んな地域だったこともあり、小学4年の時に見学に行った。翌年から本格的に始め、その頃から生粋のGKプレイヤーだ。競技にのめり込んだのは、中学2年の時。熊本県選抜に選ばれ、初めて全国の舞台に立った。自分の知らなかった高いレベルのプレーを肌で感じ、練習への向き合い方が変わった。千原台(旧・熊本市立商業)高校時代は、世代別代表にも選ばれ、早稲田大学でさらに腕を磨いた。実業団チームの中でトヨタ紡織九州レッドトルネード(神埼市)から1番に声がかかった。リーグに所属するチームの中で上位を争うチームではなかったが、地元・熊本に1番近く、縁を感じ「自分が入ることでチームを強くしたいし、このチームで勝つことにやりがいがある」。入団を決めた。

絶望から救ってくれた主将のひと言

 2014年入団以降、3年目にしてセーブ率3割8分7厘をマークし、シュート阻止率リーグトップを獲得するなど頭角を現した。2019年のクウェートで開催されたアジア選手権で、初めて日本代表に選出され、先発メンバーで出場を果たすと、その年のシーズンで2度目の阻止率首位に立った。2021年1月にエジプトで開かれた世界選手権では、5試合に先発出場し、抜群の瞬発力で好セーブを連発。日本チームの24年ぶりとなる1次リーグ突破に貢献した。これらのプレーが評価され、2020東京オリンピックの日本代表に選ばれた。
 「自信を持って臨んだだけに一気に絶望し、不安に襲われた」。オリンピックの直前の出来事だった。日本代表はオリンピックを前に、フランス代表と親善試合を実施。岩下も先発で出場したが、1本も止められず、セーブ率0%で試合を終えた。アジア選手権や世界選手権で築いてきた自信が崩れ、練習態度にも不安が表れていたのか、日本代表主将を務める土井レミイ杏利に声を掛けられた。「悩んで戦うタイプじゃない。本能でプレーしろ。世界選手権の時のことを忘れている」。そのひと言でスイッチが切り替わった。
 オリンピック以降も調子が悪いときは、その言葉を思い出す。「考え過ぎてもいいことはない。無心になって次の1本を止めるだけ」。試合中のメンタルは安定するようになった。

自身の記録塗り替えを狙う

 2021―2022シーズンはリーグ戦全20試合のうち、18試合に出場。オリンピックでの経験を糧にゴールマウスを守り、シュート阻止率は3割5分1厘で、ランキング1位にわずか3厘足りず2位に甘んじた。「セーブ率の数字は満足するところではない。もっと相手のことを研究してあと2、3本止められていたら首位を取れたと思うと…」。自身のセーブ率がチームの勝利にも直結するGK。過去に個人タイトルを取った時のセーブ率は3割8分7厘で、違いは歴然としており悔しさが残った。来季は自分のセーブ率更新を狙っている。そのためには、リーグに向けた体作りを行い、ベストの体重と筋力でシーズンを迎えることができるよう準備を進める。
 ただ、トヨタ紡織九州のGK陣にはポテンシャルが高い2人の後輩が控える。正GKとしての座を譲る気はないが「練習やプレー中はもっとバチバチとして正GKの座を争いたい」。若手に発破を掛ける。

国スポまでにもっと競技の認知度を上げたい

 東京オリンピック出場で競技の普及や認知度アップにつながったかは首をかしげる。新型コロナウイルスの影響で、無観客試合が多く、有観客の試合でも、サインを書いたり写真を撮ったりといった直接の交流がないため、反響をあまり感じられない。2024佐賀国スポまであと2年。チームは優勝を掲げて練習に励んでいるが、本拠地の神埼市以外でのチームの認知度は低いと感じている。「まだ2年あると考えて、いろいろな人に競技を知ってもらうところから始めたい」。
 学校や商業施設など試合以外で目に触れる機会を増やすことで、チームを知り、試合に足を運んでくれる人が増えるというサイクルが理想。試合を目にすれば、息つく暇もないほどの激しい攻守の入れ替えや迫力から競技の魅力を知ってもらえると信じている。

岩下 祐太 選手

競技:ハンドボール

いわした ゆうた

183センチ、82キロ。熊本県天草郡苓北町出身。小学5年から本格的に競技を始め、中学2年で全国大会に出場した。千原台高―早稲田大を経て、トヨタ紡織九州に入団。日本ハンドボールリーグ2016―2017シーズンと2019―2020シーズンでシュート阻止率ランキング1位。19年に日本代表に初めて選ばれ、21年の東京オリンピックでは日本代表正GKを担った。日本リーグでは通算1600セーブを達成している(2022年3月時点)